カーボンナノチューブを、
宇宙へ!
カーボンナノチューブを宇宙素材としての活用を推進するカーボンフライでは、
この度、静岡大学工学部教授の能見公博氏に、
当社宇宙事業のアドバイザーとしてご就任頂く事となりました。
カーボンナノチューブについては知識や経験がある私たちですが、
宇宙については知らないことばかり。
そこで、宇宙に詳しい能見先生をお招きし、
これまでの取組や宇宙ビジネスの展望をお話し頂きました。
(本篇はカーボンフライの社内向けのセミナーを内容を編集したものです。)
能見 公博
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1998年東北大学工学研究科航空宇宙工学卒、博士(工学)
香川大学工学部知能機械設計工学准教授を経て、現在静岡大学工学研究科教授。
STARS Space Service株式会社CTO、当社顧問。
静岡大学工学部 能見教授に
聞く、
宇宙へのステップ。
超小型衛星時代の到来
Q.
まず、先生と宇宙研究との本格的な出会いを教えてください。
能見
一番最初は1997年に打ち上げられましたJAXAの技術試験衛星VII型でした。まだ半分学生で、国際宇宙ステーションができる前です。日本は宇宙ステーションでふたつの主要技術について独自に取り組むことになっていて、それを実証しておこうというのがこの衛星だったんですね。具体的には、「ランデブ・ドッキング(宇宙で2つの物体が近づき結合すること)」と「ロボット操作」の実験をしました。機械工学科の出身なので、ロボットは機械の範疇ということで、参加することが叶いました。宇宙の研究としては少し前からやっていますけども、実機で参加したのはこれが初めてでした。
その頃は大学の研究室だと宇宙といっても地上での実験レベルでしたが、2003年に東大と東工大が超小型衛星を打ち上げます。私たち研究者も現実としての宇宙研究に深く関わることになっていきます。
Q.
超小型衛星ってどれくらいの大きさのものをいうのですか。
能見
重さ100kg以下が超小型衛星と呼ばれます。従来、人工衛星の開発は莫大な費用がかかり、国家規模のプロジェクトとして行われるものでしたが、超小型衛星は開発や打ち上げのコストが大幅に抑えられるため、民間の企業や研究機関などが独自に衛星を開発・運用することも可能となってきました。
ポピュラーなものでは、一辺10cm立方体を1個~3個並べた程度の大きさで、重量も1~4kgくらいと極めて小さな人工衛星をCubeSat(キューブサット)と呼びます。CubeSatという規格はスタンフォード大学の先生が作ったものです。日本は当初各々必要なサイズで開発していたのですが、CubeSatサイズだと規格品として部品が入手しやすく、近年は日本もCubeSatで作る団体が増えてきました。私は、2000年に香川大学の准教授になり宇宙の研究をしていましたが、2004年ハワイで開かれたシンポジウムに、学生を連れて参加しました。目的は、CanSatという上空から落下傘で降りてきてGPSで誘導して目標地点に向かわせるという学生用のコンペがあり、その技術を得るためでした。しかしそれは結局、宇宙工学のシンポジウムで、東大や東工大も参加していました。彼らから前年に衛星を打ち上げた話を聞いているうちに、CanSatでなく実際の衛星をやろうよという話になって、じゃあやる~?と始まったのが、超小型衛星の開発でした。話を聞いていてできる気になって、始めたということですね(笑)
CNT導電性テザーが
宇宙にイノベーションを起こす
STARSプロジェクトと名付けて、2005年にスタートしました。どういった衛星を開発しようか考えたときに、我々の元々の研究のテーマであるロボットやテザーを用いたものということにしました。宇宙では、紐・ロープ・ワイヤーをすべてテザーと呼ぶのですが、それをどんどん活用していこうというようなことになりました。
Q.
元々テザーの研究をしていたということですが、何を目的にテザーを伸ばすのでしょうか。
能見
まず電気を通す素材で作ったテザーであれば、発電できるのではということです。2009年に衛星同士がぶつかってしまったことをきっかけに、宇宙ゴミ(デブリ)の問題が大きく騒がれ始めました。そこで、役目を終えた衛星をそのまま宇宙空間に浮遊させておくのではなく、打ち上げから25年以内に大気圏へ再突入させ燃焼させましょうというルールができました。衛星を降下させるのに、導電性テザーを活用できるのではないかと言われています。フレミング左手の法則って、中学生のときに習いませんでしたか。磁場で電流を流すと、動力(ローレンツ力)が生まれるというものです。地球には磁場が存在するので、地球へ向かってテザーを垂直に伸ばして電流を流せば、衛星を動かすことができるという仕組みです。
Q.
これまでの衛星はどのように動かしていたのですか。
能見
衛星を動かすには燃料を積む必要があります。それだと衛星自体が大きく重くなり、衛星自体の金額が高くなってしまうため、超小型衛星は基本的に軌道をコントロールする仕組みは付いていませんでした。ぶつからないようにと願うのみです。宇宙ゴミが多いとはいえ、実際に接近するのは年3~4回程度ですが。とはいえ軌道をコントロールできるようになれば、避けることができます。これまで燃料を積んでいた衛星も、小型化したり、燃料分他のものを搭載したりできるようになるので、CNTは導電性テザーとして価値のある素材だと思います。
数々の苦労と失敗が、
成功を生む
Q.
先生が携わった衛星では、今までどのような実証実験をされてきたのでしょうか。
能見
まず1基目は、STARS(愛称:KUKAI)と名付け、は、2005年にスタートし、2009年に打ち上げられました。内容としては、テザーの先端にロボットをつけて、テザーにぶら下がったロボットを姿勢制御し、衛星の写真を撮ろうというものでした。その時のテザーはなんとか伸長に成功しました。
2基目は2014年に打ち上げられたSTARS-Ⅱ(愛称:GENNAI)です。このときは導電性テザーに取り組みました。
JAXAがこうのとり(宇宙ステーションへ物資を運ぶための無人輸送機)で実験するために作った無結束テザー(網状)を宇宙空間で300m伸長というものでしたが、
メインのマイコンが動かなくて…打ち上げてから3日目くらいに太陽活動がすごく激しくなって、放射線でおかしくなってしまったのではと言われてはいるのですが。それでもテザー伸長のところは別のマイコンを仕掛けてあって、それを使って伸ばしました。本当はGPSのデータを使ってどれくらい伸長したか測ろうと考えていたのですが、メインのマイコンを駄目にしてしまったので、データは取れませんでした。ただ、大気圏へ再突入するまでの期間からシュミレーションして、300mは伸びたということは分かっています。燃料を積まない衛星は、空気抵抗を受けて次第に大気圏へ落ちていくのですが、2ヶ月という短い期間で再突入しました。1基目のKUKAIは高度560kmに打ち上げたので空気抵抗が非常に少なかったのですが、STARS-Ⅱは高度400kmに打ち上げたので、それより早く再突入するのは最初から分かっていました。
それでも、同時に打ち上げた他大学の衛星と比べてもかなり早く再突入したということで、テザーが伸びて空気抵抗が強まっていたからだという結論に至っています。
ここまでが香川大学で、2014年の4月に静岡大学に移りました。
静岡大学で初めて作ったのが、3基目のSTARS-C(愛称:はごろも)です。ここから、CubeSatの規格に則ったサイズになっています。
4基目は2016年でテザーを100m伸長しようというもの。STARS-Ⅱの反省を生かし、テザー伸長用に独立した強いマイコンを付け、70~80mは伸長しました。これはスプール型といってバネの力を使って伸ばしていくものだったのですが、少し力が足りず、100mには至りませんでした。バネが強すぎると逆に戻ってきてしまうので、強ければいいというものでもありません。これは2018年に大気圏へ再突入しています。
5基目がSTARS-Me(愛称:てんりゅう)という衛星です。これは2018年に国際宇宙ステーションから放出されました。この頃には宇宙ゴミがかなり問題視され、導電性テザーを使って衛星を大気圏に落とすことがますます注目された一方で、テザーを伸ばしたことによって他のものに当たってしまうということが叫び始められて、2010年以降、宇宙実験はなかなかできなくなっていました。これまで取り組んできた衛星はテザーを自然に伸ばすというものだったのですが、テザーを伸ばすだけでなく巻き取りましょうというルールになりました。そこで、宇宙エレベーターの実験をやろうということで、クライマーという小さな箱を親機と子機の間につけ、15mくらい伸ばしました。ただアンテナが上手く伸びず、地上から電波を受信してのミッションは実施できませんでした。
地上側のアンテナも、台風でおかしくなってしまったという問題もありましたね。2021年に大気圏へ再突入しています。
6基目は同時期に取り組んでいたのが、Stars-AO(愛称:あおい)です。2018年に打ち上げられました。超高感度カメラで写真を撮り、地上へ送ろうというものでした。こちらはテザーの活用でありませんが。まだ大気圏に突入せず軌道上にいます。
7基目がSTARS-EC(愛称:三光)は3U(ユニット)の衛星です。2021年に国際宇宙ステーションから放出し、その年のうちに再突入しました。前回のSTARS-Meのエレベーターは小さなクライマーでしたが、今回は1U分のクライマーを用意しました。メジャーを使ったテザーの伸長・巻き取りは11m成功しました。エレベーターとしての動作でいうと、課題はありましたが、このときは香川からアマチュア無線家の方を静岡へお呼びして最終調整していただき、通信は成功しています。やはり、アンテナが難しいです。大学衛星は通信が弱いと言われていまして、ここは大きな課題です。
8基目はStars-Me2(愛称:蓬莱)です。これは既に完成しているのですが、国際宇宙ステーションからの打ち上げにむけてロケットへの搭載を待っているところです。
カーボンナノチューブを、
宇宙へ
そして、現在取り組んでいるのが、STARS-Xです。
これは、高度550m付近へ放出される予定となっています。
今回はまずテザーを伸長し、ネットを広げて宇宙デブリをキャッチする実験を行います。
繰り返しになりますが、実際にデブリに遭遇するのは年に数回なので、
今回は衛星からデブリの代わりとなるものを放出して、
それをキャッチする実験を行う予定です。
Q.
このSTARS-Xに当社もCNT部材の提供という形で参加することになりましたが、そのきっかけを教えてください。
能見
香川大学に所属していたときから超小型衛星に取り組んでいますが、それをビジネスとしてやっていくべきだということで、静岡大学ではベンチャーを立ち上げたんですね。それがSTARS Space Service株式会社です。そこの社長が、カーボンナノチューブ製造ベンチャーをやっている人と会うということで、便乗してついていきました。
Q.
その場で社長のテンが、既存の部材をカーボンナノチューブで製作すれば軽量化できると熱弁したそうですね(笑)
能見
そう。じゃあ試しに作ってみる?という話になりました。具体的なお話を伺うなかで衛星本体のパネル、デブリをキャッチするためのネット、親機と子機を繋ぐテザーを試作することになりました。CNT製というところでは、パネル・ネット・テザー全て世界初ですね。CNT製パネルはアルミに比べてとても軽くて、本当にこれで大丈夫なの?と思ったんだけど、実際に振動・衝撃試験をしたら、全て合格して驚きました。親機と子機を繋ぐテザーについては、既存のベクトランを採用することになったけど、予備実験をしたいと思います。キューブサットを積んで、そこからCNT製テザーを伸長できないかも含め今検討しています。伸長の後、巻き取りができたらこれも世界初になります。
カーボンナノチューブに
期待したい
Q.
カーボンナノチューブに期待することは何でしょうか。
能見
まず軽いということは非常に重要です。ロケットに搭載する際には重さの制限があるため、軽くなれば他の機能を付与することも可能になります。全体が軽くなれば、発射にかかる費用も抑えられます。
Q.
カーボンフライの夢である宇宙(軌道)エレベーターの実現可能性について、能見先生はどのようにお考えですか?
能見
僕は宇宙エレベーター無理なんじゃない?と思っていました。よく言われているとおり、宇宙にはゴミがたくさんありますよね。ぶつかるという点を世界的にも気にしていて、そんなところに宇宙エレベーターを建ててしまったら、ぶつかりまくってしまう。そう思っていたのですが、ちょっと考えが変わってきました。宇宙デブリが今大体2万~2万5千個あると言われている。そこにSpaceX社がStarlinkを2万個打ち上げると言っています。そうなってくると飛行機が飛んでいるように交通整理していかなければいけない時代になると思いはじめました。ちゃんと交通整理して当たらないようにっていうことが可能になる時代になれば、宇宙エレベーターが実現できる。そういう時代にうまくできるといいですね。
編集後記
能見先生とのご縁により一気に具体化した当社の宇宙事業ですが、ほとんどのスタッフが今回のSTARS-Xのミッションや、そもそも超小型衛星とは?といった全体像をよく知らぬまま必死にパネルやテザー、その周辺機構を作る、材料となるCNTを作る…といった状況でした。そこで、初めての試みとして社内セミナーを開催することにしたのですが、特に技術面で直接携わらないバックオフィスのスタッフには内容が難しすぎるのでは…?と正直心配でした。しかし、実際には能見先生がとても分かりやすくお話しくださり、笑い声の上がる場面もあり、講義というより先生とスタッフとの対話のような時間となりました。裏話も伺え、バックオフィスのスタッフから、「こんな貴重なお話私聞いていいのかな…?贅沢だった!」という声もありました。能見先生ご自身の取り組みだけではなく、どんな事情があって宇宙事業が移り変わっていったかも含めて解説されている点は貴重で、このように社外の方にも共有できること、大変嬉しいです。なんとなく宇宙に興味を持っている方のイメージが、よりリアルになる一助となれば幸いです。このように、見た目はただの黒い物体であるカーボンナノチューブの近い将来を、今後も分かりやすくお伝えしていけたらと考えています。